ホームページトップに戻る

Topics in 2013

最近の話題 (2013年)

Recent Topics in High Energy Physics: 2013


長らくこのページの更新を怠っていてすみません.

この前(2011)も年末ぎりぎりでしたが,今年も結局年末 ぎりぎりとなってしまいました.

今年の話題と言えば,何と言っても

「神の粒子」ノーベル物理学賞…日本も貢献>(某メディアタイトル)

「スウェーデン王立科学アカデミーは8日、2013年のノーベル物理学賞を、 万物に質量を与える「ヒッグス粒子」の存在を提唱した英エディンバラ大の ピーター・ヒッグス名誉教授(84)とベルギーのブリュッセル自由大の フランソワ・アングレール名誉教授(80)に授与すると発表した。」

でしょう.これについて一言コメントしたいと思っていたのだが, 何しろ多忙で,とうとう年末まで持ち越してしまった. (3つほど,仕上げるべき仕事を抱えていて,1つは昨日やっと ケリをつけただが,後2つは,年越し. そう決心をしたら,少し時間が空いた.本当は,部屋の整理もある のだが,そっちは気が向かないので,これは遠い将来に持ち越し とすることにした.)

いきさつ

今更,私が解説するまでもない.WeBを検索すれば,いくつもの解説を 見つけることができるであろうから,詳しい解説は省略する.

ともかくも,去年(2012) 7月に,欧州原子核研究機構で,問題の素粒子が 発見されて,その翌年に直ちにノーベル物理学賞だから,まさにスピード 受賞である.(去年の話は,実験的発見であり,今年の受賞はその 理論的予言を行った二人にたいしてである.) それほどのスピード受賞なので,確かに,物理的な意義は画期的で あることは確かである. (正確に言えば,去年の実験的発見では,全世界の物理屋たちに, 発見の会見をWeb中継をやり,「新種の粒子」を発見したとのみ報告し, 「ヒッグス粒子であるとは断定的には言わず,慎重な姿勢に終始した. その上で,マスコミには,ヒッグス粒子発見という噂をわざとリーク した.つまり,物理屋へとマスコミへとは,異なるものの言い方を したわけである.マスコミならバカだから,少し利用した方がよいと 考えたのかもしれない.なかなかの思慮深いやり方である.)

ヒッグスについてのマスコミの解説に一言

「神の粒子」については論外であるが(物理屋は決してそのような バカなセリフは使わない),なぜこの粒子が万物に質量を 与えるのかの解説にはかなりいい加減なものが多い. 例えば,あるメディアでは「宇宙のあらゆる所を満たしている素粒子 によって他の素粒子の動きが邪魔され、動きにくくなることで質量が 生じる」と解説されている. 私の知人でも,「これではせっかくのニュートンによる正しい質量の 概念の獲得も無に帰し,アリストテレスの昔の誤った力学概念に 舞い戻ってしまうと,腹を立てていた. この種のいい加減な解説の元となるもう少し詳しい解説では次のように 述べられている.

「ヒッグス粒子によって質量が生じるメカニズムは、有名人に群がるファンに 例えることができる。ヒッグス粒子は、ファンがサインを求めるように “大物”にまとわり付く。“大物”になればなるほど身動きが取れなくなる。 これが質量の正体というわけだ。」

実は,私も知らなかったのだが,このいい加減な説明の起源である上記記述 (もともとは質量獲得の説明のためのイラスト)は,イギリスの科学 啓蒙雑誌が始まりらしい. どうも,マスコミだけの責任ではなく,物理屋自身もこの説明が一般の 人々にわかり易やすいだろうと気に入って,大いにその流布に一役買った ようである. 物理屋とは自分ではきちんと数式を基に正しくそれを理解しているくせに, それを一般の人々に説明するとなると,「どうせ相手は素人なのだから」と とんでもないリップ・サービスをやってしまう. (あたかも,米英出身の英会話教師が,日本で英語を教えるとき, 日本人に「受け」ようと,日本人にしか通じないような発音の英語 を教えているという事実に対応すると考えてよい. 私は先輩から,「日本でどれだけ英会話スクールに通っても,それは 意味がない.向こうへ行けばまったくそれは通用しない.」と 言われたのだが,事実,その後,アメリカでそれを実感した. 私は,アメリカでも英会話のスクールへ通ったのだが,そこの教師は まったく私の英語を聞き取れなくて,結局,イランやメキシコ から来ている若いご婦人たちが,私の英語をその先生に 「今,彼はこう言っている」などと通訳してくれる始末であった. アメリカへ来て間もない彼女たちが私の英語を聞き取れて, 米国生まれの先生が聞き取れないとは,なんとも不思議な体験 であった.)

先のエセ解説の問題に戻るが,あの例えでは,次の点の説明が まったく不可能となってしまう.

(1) 「質量」の概念がまったく的はずれである:

「素粒子の動きが邪魔され、動きにくくなる」と言うことであるなら, 空から雨粒が落下するときに.空気の抵抗を受けて,落下スピートが 減少するが,それは雨粒の質量が増したからということになって しまう.むろん,そんなことはないことは,高校生だって知っている.

(2) 「宇宙のあらゆる所を満たしている素粒子によって」:

「宇宙のあらゆる所を満たしている」のは,何もヒッグス粒子に 限らない.電子だとか,陽子だとか,あるいは光子だとか,まさに 様々な素粒子の「場」が宇宙のすみずみまで行き渡っている. ヒッグスだけが「質量」を与える役割を果たすという理由が これでは説明できない.

(3) 「自発的対称性の破れ」という概念がそれでは説明不可能:

ヒッグスメカニズムによる質量の生成という概念は確かに画期的な アイディアであるが,それは,「自発的対称性の破れ」と呼ばれる 新しい概念に基づく.この説明ができない.

ただし,それらを正しく,しかし,手短に説明をしようとすると, 確かに,かなり難しい.適当なところで,ごまかして話をしようとする 気持ちがわからないではない.

少し,頭の痛くなるような解説で申し訳ないが,我慢してチャレンジして 見ようという方々は,以下を続けてお読み下さい.

ヒッグスメカニズムによる質量の獲得の特徴

「ヒッグスメカニズムによる質量の獲得」の紹介をする前に, それまでの質量の起源の考え方を紹介しなければならない. そうでないと,ヒッグスによる質量生成がいかに画期的であるかが, 理解してもらえないであろう.

例えば,水素原子は,陽子(プロトン p )とその周りを回っている 電子( e ) とから構成されている,この2つの粒子は,電気力に よって,結びつけられている.(量子力学の言葉では,光子(フォトン) の放出吸収(交換)によって結ばれている.) 従って,水素原子の質量は,これら構成粒子( p と e )の質量の合計 と,それらを結びつける力から生ずる「束縛(結合)エネルギー」との合計から なる.(沢山の構成粒子の集まりの場合を別として,多くの場合は, 束縛エネルギーは負の量である.)

(複合粒子の質量)= (構成粒子の質量の和)+ (束縛エネルギー)

これに対して,ヒッグスによる質量生成では,次のような特徴がある. (先ずは,結論の話だけをまとめる.)

(a) ヒッグス・メカニズムは「素粒子」(複合粒子ではない)に質量を 与えるメカニズムである.

先に紹介した水原子の質量の話は,それが更に何か基本的な粒子から構成 されている場合のことである. ところが,素粒子(クォークとレプトン,ゲージボゾンなど)は,究極の 基本粒子であって,これらの粒子が更に何かからできているとは考え ない.では,そのような「素」粒子では質量の獲得はどうするのかと いうと,「セルフ・エネルギー」という考えが昔からあった. 先の電磁力による「結合エネルギー」の例では,2つの粒子の間に 光子が交換されることによって,エネルギーが生ずると紹介した. 電子(これはレプトンの仲間であって,むろん,「素」粒子と 考えられている)など,荷電粒子は,自分で光子を放出して, 自分でそれを吸収することによって,自己エネルギーと呼ばれる ものを生ずると考えられたこともかってはあった.(その考えは 間違っていないが,理論的なその大きさは大変小さく, 観測される電子の質量の大部分ははもっと別のメカニズムによって生成 されると考えねばならなかった.)

(b) その質量は「自発的対称性のやぶれ (spontaneous symmetry breaking) というメカニズムによって生まれる.

このメカニズムは,従来の考えとはまったく異なるものであって,ここの 説明が一般の方々には難しすぎるということで,ヒッグスの話をするとき, ごまかしの話をしてしまう原因であろう. しかし,無理を承知で,「自発的対称性のやぶれ」について, 少し解説を試みてみたい. しかし,それには,数式を少しは使わざるを得ないので, 別紙にPFFファイルとして まとめてみたい.関心のある方はごらん頂きたい. そのさわりだけ,以下に図を掲げるので,内容を想像していただければ と思う.(そう言う中途半端な紹介が誤解を生ずる原因となっているのだが.)

ヒッグスメカニズムの初歩的な解説

(「ヒッグスメカニズム」は Higgs 博士だけの提案でないので, 欧州勢は,関連する理論を提案した人々の連名で呼ぶべきと主張している. しかし,あまりに長い間,「ヒッグスメカニズム」という用語が定着 してきたので,この解説では,簡単に「ヒッグスメカニズム」と言うことにする. いずれは覚えきれないほどの名前が長く連なった名称のメカニズムととして教科書には 書かれるようになるかもしれない.)

図: ヒッグス粒子の位置エネルギー図

横軸はヒッグス粒子の「場」の大きさ(この値 の絶対値の2乗がその粒子の検出される確率を表す),また縦軸は その粒子の位置エネルギーを示す.

左の図 (a) は,本来の理論における位置エネルギーの関数の振る舞い. 右の図 (b) は,その理論の関数に含まれるパラメター値が(a) とは 異なるために,少し関数の振る舞いが変わってしまった場合.

この粒子は真空と同じ量子数を持つため,常に真空と生成・消滅を 繰り返すことができる. 「真空」とは,位置エネルギーの最小値として定義される. ケース (a) では,図は φ = 0 の点がエネルギー最小値を与えて いるので,その粒子の存在しない場所がまさに「真空」となっている. ところが,ケース(b) では,φ = 0 でない場所の方が,位置エネルギー が低くなってしまっている.その点を φ = v と書こう. このケースでは, φ = v を物理的な(我々の世界での)「真空」 と見なさねばならない.そうすると,我々の世界でのヒッグス「場」 は, φ’= φ - v と見なすべきとなる.(そうすることに よって,φ’= 0 の場所が,位置エネルギーゼロとして扱える ようになる.) このような,「真空」の再定義が行われると,図 (a) では対称性が 保持されていたのに,それが破れることになる. そのことを「自発的対称性のやぶれ」という. (破れの対称性とは,図に見える左右の対称性のことではなく, SU(2) と呼ばれる対称性のことなのだが,それについては説明を 略する.そもそも,この図は,横軸は空間座標ではなく, 粒子の場 φ であったことを思い起こして欲しい.) このゼロでない値 v のことを「真空期待値」と呼ぶ. (自発的対称性のやぶれ」は,もともと南部先生のアイディア であり,その功績により,南部先生はノーベル賞を受賞された. ただし,具体的には,南部先生は,「フェルミオン凝縮」により, 自発的対称性が破れるとしたが,Higgs はスカラー粒子が 真空期待値を持つためとした.)

真空期待値 v がゼロでないとき,それがどうして今まで質量ゼロ であった「素」粒子が質量を持つことになるのかは,さすがに 数式を示すことなしには,説明ができないので,詳しくは 別紙にPFFファイルをごらん頂きたい.

個人的な思い

個人的には,私はクォークとレプトンは,究極の「素」粒子とは 考えていないので,ヒッグス粒子の発見によって,こんな簡単な メカニズムで,質量の起源が決着してしまうことに,いささか 肩すかしの感をを覚えている. まあ,発見されたのなら,それを受け入れざるを得ないだろうけれど, こんな簡単に物理が決着してよいわけがない.

特に,私は「質量の起源」と「質量スペクトルの起源」は 区別をして,考えている.たった1つのヒッグス粒子が,すべての 「素」粒子に質量を与える. それはそれでいいかもしれない. しかし,現実の「素」粒子は,電子の質量は 0.5 MeV (MeV は微視的世界での エネルギーの単位),一方,トップ・クォークの質量は 170000 MeVくらい. 各「素」粒子の質量はさまざまな大きさをとる. しかも,てんでバラバラではなく,ある種の規則性が見られる. 現在の「標準模型」と呼ばれるものによれば,クォーク・レプトンの質量 m は m = Y v という式で与えられる.ここで,v はヒッグス粒子の「真空期待値」 と呼ばれる量,また,Y は「湯川結合定数」と呼ばれる各「素」粒子ごとに 与えられる理論における定数である.v の値はたった1つの粒子から生ずる のだから,質量の起源と言ってよいだろう. しかし, v が与えられただけでは,現実の「素」粒子の多様性は説明 できない.  Y がそれを与える.すなわち,質量スペクトルの問題は, v の起源が分かったところでは何も解決しない.現在の理論は, Yを天から与えられた定数として,その起源は問わない. (むろん,その起源を探求している物理学者もかなりいるのだが.)

私は自分で常に少数派だと自認しているので,ヒッグスの発見に すっきりしない感じを持っているのは私だけかと思っていたら, 先日,実験家のKさんが講演で,「ヒッグスの発見でがっかりして している人たちが多いとは思うけれど...」と話していたので, まんざらそう感じているのは私だけではないらしい.


ホームページトップに戻る