[追記] 超光速騒動始末記 (update 2013.12.31)
なお,単語の解説については,この Web page の最後に まとめて掲げます.必要に応じてご参照ください.
(v-c)/c=(2.37 +- 0.32 +0.34 -0.24) × 10^(-5)
と結論した.つまり,ニュートリノの速度は光速より,1.0000237倍だけ,
速く到達したと言うことになる.
詳しくは,彼らの論文
"Measurement of the neutrino velocity with the OPERA detector in the CNGS beam"
(arXiv:1109.4897 [het-exp])をご覧下いただきたい.
一般の方々向けには,マイコミ ジャーナルに Hisa Ando氏による
とても優れた解説記事
「ニュートリノは光より速いのか - 相対性理論を覆す可能性をCERNが提示」
がでていますので,これをご覧いただくことをお奨めします.
単なるマスコミによる怪しげな解説ではなくて,とても正確な
解説です.私は,実験の当事者である小松さん(名古屋大学)から
2回もお話を伺ったが,それでもまだよく理解できない部分があり,
上記の解説記事を読んで,やっとそうだったのかと理解できたほど,
丁寧なわかりやすい解説記事です.
それでも,実験結果については同業者からさまざまな
批判がなされている.
私は,実験家ではないので,それらについて判断できないので,
コメントはしない.
印象に残ったのは,他の実験家から「測定・計測機器そのものの
信頼度はどうか? 補正のために用いた計算ソフトは信用できる
のか?」という質問があった.これに対しては,「測定・計測機器に
問題がある可能性は排除できない.」,「第3者に
検討を依頼中」とのことであった.参考までに,このことに
ついて少し解説を加えたい.
普通,このような基礎実験では,機器・装置そのものも実験家が
手作りで行うのだが(少なくとも,設計と設置は自分たちがやる),
今回の装置の重要部分,時間の測定や距離の測定には,有名
メーカーの機器がかなり利用されている.普通,一般の人々なら
家電製品などでは,有名メーカだと安心という感覚なのだろうが,
このような精密実験ではそうでない.何か問題があって,計測機器・装置
の方にも疑いの目を向けても,メーカーは絶対に企業秘密の観点から
装置の仕組みや内部の構造を明らかにしようとはしない.
メーカーの製品を使う場合は,メーカー側の言い分を
まるまる信用して使うしか手がない.その点,自分たちで
設計して,自分たちでそれを組み立てた場合は,
問題が起こったときに,どこを疑って見るべきか,
すぐに見当がつく.問題があるかどうかのチェックも
すぐに可能となる.CERN のいろいろな装置(例えば
原子時計など)は,他のいろいろなグループの実験との
共用なので,自分たちの実験の時だけ,それを
取り替えるというようなことはできない.
ここが彼らにとっても,辛いところであろう.
実験は,ジュネーブのCERNから,イタリア中部のグランサッソ研究所
まで約730kmをミューオンニュートリノを走らせて,そのを距離と所用
時間とを精密に測って,その速度を得るというものである.
距離については,L=(731278.0 +- 0.2)m と,20 cm の誤差にまで
正確に測定されている.また,「ニュートリノの到着時間は
光より δt=(57.8 +- 7.8 +8.3 -5.6) ns (ns = 10^(-9) 秒)だけ
早かったという結果を得た.この結果から,彼らは,光速との比は
実験内容
この実験では,重要なのは δt の測定精度であり,L の測定は
例え 1m ほど誤差があったとしても,結論にはさほど影響しない.
δt の測定には GPS を利用するのであるが,GPS はかなり
精度の悪い測定器であるから,それを補正するいろいろな
工夫が実験ではなされている.(ここいらの事情は,前述の
解説記事に詳しい.)
実験への批判
この実験結果が正しいとすると,なぜ相対性理論を覆すことになるのか?
それに答えるためには,相対性理論を正確に紹介する必要があるが,
とても手短にはそれは紹介しきれない.
簡単な紹介は例えば,私の Web papge
「物理学は何を発見してきたか?」第3章 をご覧下さい.
そうは言っても,無理を承知で,とびきり簡単な必要最低限の
紹介を以下に試みよう.
なぜ相対性理論を覆すことになるのか?
相対性理論(特殊相対性理論)においては,「光速度不変の原理」が その理論の基本となっている. この理論の正しいと言うことは,いろいろのこの理論の成果(理論的結論) がすべて実験的に正しいと検証されていることによって,我々に 受け入れられている. 例えば,よく世の中の怪しげな人たちが「違う値の光速度を測定した」 と主張していることがあるが,それは論理的におかしな主張である. 「速度」とは,一般には(距離)/(時間)によって与えられる. しかし,光の速さに関する限り,光速とは
c = 2.99792458 × 10^8 m/s
と定義された量であって,実験で測定されるべき値ではない. この「定義」された c の値に従って,現在は「時間」を
(時間)= (距離)/(光速)
によって,「定義」している.従って,このように定義された時計を 用いて,「光速」を測定すると言うことは,全く意味のないことになる.
しかし,今回の実験では「光速」を計ったのではなく,「光速度不変の原理」 を受け入れて定義された「時計」を用いて,ニュートリノの 飛ぶ速さを測ったのであるから,論理的には問題がない. ただ,相対性理論では,最も速く伝わることのできる物体は光であり, 一般の物質では必ず c の値より小さいとされている.例えば,質量 m0 の物体(正確に言うと,「静止質量」)が速度 v で運動するとき, 古典力学で言う慣性質量に対応する質量 m (運動量 p との間で,p= mv によって 定義される質量.m を「相対論的質量」と呼ぶ) との間には
m = m0/(1 - v^2/c^2)^(1/2)
という関係が成り立つ.すなわち,v → c になるにつれて,m の値は どんどん大きくなり,v=c の極限で,m の値は無限大となる.v の 値が c を超えると,m の値は虚数となってしまう. 自然界ではそのようなケースはありえないと考える. (実際,そのような振る舞いをする粒子はこれまでのところ観測されていない.) すでにニュートリノはゼロでない質量を持っていると言うことは確立している. (大気ニュートリノでのニュートリノ振動の発見など.) 質量を持つ粒子は必ず光速より遅い速度で運動するはずである. なぜなら,相対性理論では,エネルギー E を持って運動する粒子の速度は
v = p c^2/E = c (1 - m0^2 c^4/E^2)^(1/2)
で与えられるからである. それなのに,ニュートリノは光より速く伝わったということは どうなっているのだろうか? 相対性理論が誤っているのか,それとも実験の方が誤りなのか?
では,理論家の反応はどうか? (私自身は,この問題にまじめに取り組む気はないので,友人の方々が 調べて教えてくれた話を総合して,私の勝手な感想で以下の記述を 行う.)
理論家たちも,この実験結果に大部分は冷淡である. そうでない理論家たちのタイプを分類してみよう.
(a) そんなことは起こりえないと主張する方々.
(b) 実験は,別のある効果によって,あたかも「光速を 超えたかに見えてしまった」と主張.
(c) 相対性理論(正確には「ローレンツ変換に対する不変性」)は 破れていると主張する方々.
まず,(a) は単なる保守主義者(相対性理論の信奉者)は別として, 一応,それを超えた哲学的な論拠から,「そんなことはない!」と 主張しているようであるが,やはりかなり主観的な議論に基づいて いるようで,説得力はいまいちのようである. (b) についてはいろいろな理論が提案されているようであるが, 私は不勉強なので,何か最もらしい解釈が提案されているのか どうかはしらない. (c) については,今回の実験が出たからと言って,あわてて後追いで 出された理論に関しては,私は評価しない. 研究費を獲得するためには,何でもありの時代とは言うものの, これだけの大きなテーマに関しては,実験がそうだったからと 言って,それを後追いをするような理論にはろくなものがないことは 歴史がよくそれを示している. しかし,今回,この実験結果が出る前から提案されていた, 相対性理論(「ローレンツ変換不変性」)は高エネルギーに行くと 成立しなくなるといういう説が,いくつか 脚光を浴びているようだ. その場合は,その理論からの予言がなされているのだが,残念ながら その予言は,今回の OPERAの実験の諸状況とは一致しないようである.
相対性理論 誕生のきっかけとなった「マイケルソンとモーレイの実験」が 出たのは1887年のことである. 同一点から出た光を,鏡などを使って別々のルートを走らせ, 再び別な点でそれらを集める. しかし,そとときに,この光はどちらも遅れることなく 同時に光は到達した. 光は当時「エーテル(電磁場)」と呼ばれる物質の中を伝わる 「波(電磁波)」と考えられていたので,必ず,地球の運動の 影響を受けるはずなので,同時に光が到達するはずはないと 思われていた. 従って,当時のひとびとの多くはこれは実験の誤りと考えた. 多くの人々が,この実験を黙殺する中で,唯一,ローレンツ(Lorentz) だけは,この実験を重視し,これを説明するために, エーテルの中を運動するすべての物体は一律に,エーテルの静止系 でのその長さが L0 であれば,
L = L0 (1 - v^2/c^2)^(1/2)
だけ短縮するという仮説(後に「ローレンツ短縮仮説」と呼ばれる)を 提案する(1892年.正確には,上記のような式で短縮仮説を唱えたのは 1904年).(ここではこれ以上詳しく説明しないが,この説は実に巧みに 実験結果を説明する.短縮そのものを実験で見ようとしても, すべての物体が同率で短縮するので,物差し自体も同じだけ短縮 するので,絶対に短縮そものもは測定できない!)
ところが,1905年に,スイスのベルンの特許局の技師であった アインシュタイン(Einstein)は,全く新しい観点から,独創的な 理論 「特殊相対性理論」を提案する. そこでは,光はそれを発する光源がどのような運動をしているかに関わらず, 光は一定の(同一の)値で伝わるという「光速度不変の原理」を 理論の出発点としている. ローレンツは,あくまで,光の速度は,エーテルの影響を受けるという 前提で,走る距離が変わるとの立場で,マイケルソン・モーレイの 実験を説明しようとした. そこでは,それまでの(光速)=(距離)/(時間)の考えを受け継いでいる. これに対して,アインシュタインの考えは,「光速度不変の原理」を 前提に「光速度」を理論の定数(定義値)として,時間の定義を
(時間)=(距離)/(光速)
とすることによって,新しい理論を作り上げた. これによれば,理論の根底は全く異なるのだが,結果として ローレンツ短縮の式は同じように導ける. ローレンツの短縮仮説は,マイケルソン・モーレイの実験を説明する だけのために提案された仮説であるが,アインシュタインの理論の方は, この「短縮」を説明しただけでなく,運動する物体の質量についての 関係式や,質量もまた,エネルギーの一形態であるとか,いろいろの 理論の帰結を導き,それらすべてが実験で確認されることとなった. そもそも,アインシュタインはマイケルソン・モーレイの実験を 知らなかったという説もある.(これには異論もあり,少なくとも 知る機会はあったのだが,彼はそれにほとんど関心をいだかなかった というのが,事実かもしれない.)
これら歴史からの教訓として,次のことが言えるのではないであろうか.
(a) 現在の理論では考えがたいという理由で,実験結果を排除する理由には ならない.
(b) しかし,それだけの説明に終わる理論は,頭打ちになって,それで お終いとなる.本当の新しい理論の誕生のきっかけとさえならない. (ローレンツの短縮仮説がアインシュタイン理論誕生に影響を与えたのか, それともアインシュタインはこの仮説にも興味がなかったのか,よく わからない.しかし,彼の物理への手法を見ていると,実験結果に依拠した理論は あまりお好きではないように見受けられる.)
(c) 今回の実験を受けてあわてて提案された理論は,さほど意味はないと 思われるが,もっと根源的な発想から,将来,相対性理論を超える 理論が提案されることはあり得る.その場合は,現在,アインシュタイン理論 が確かめられている実験事実と矛盾しないように理論が作られていなければ ならない.(例えば,従来の実験で確かめられたエネルギーを超える高エネルギー 領域でその違いが出てくるというように.)
いずれにせよ,そのためには,もっと時間(歴史)の経過が必要である. 来年あたりにもうすごい理論が登場するなどということはありそうにも ない.今回の実験結果が忘れられたこと,この実験結果とは無関係な 観点から,おそらくこの実験結果をも説明するような理論が登場するで あろう.(今回の実験が正しかった場合には.)
この CERN という文字からは,Centor of European Research for Nuclear physics という名称を想像してしまうが, 研究所の正式名称は European Organization for Nuclear Reseach である.CERN という略語は,まだこの研究所が設立される前の 「準備室」であった時代に使っていた名称なのだそう. しかし,それが広く通用してしまったので,研究所が正式に 設立された後でも,CERN という略称はそのまま残ったのだそう.
CERNについての様子は,例えば,私の私的なCERN滞在記, 「研究所紹介と雑感」 をご参照下さい.
グループ名に見るように,Emulsion(原子核乾板)を使う技術を
用いることが特色.これは,日本の名古屋大学のグループが開発
した技術であり,他に類を見ない.
本業は,ニュートリノ振動での νμ →
ντという反応を見つけること.
この副産物として,今回の実験成果が得られた.
この実験を行った実験グループの名称.
OPERA は Oscillation Project with Emulsion tRacking Apparatus の
略語.
OPERA
ニュートリノ振動については,さまざまなところに優れた解説が
見られる.やや通俗的(初歩的)解説は,例えば,
ここ
をご覧下さい.
ニュートリノ振動
特殊相対性理論については,むろん,解説書は多い.
一般向けに私も
「物理学は何を発見してきたか?」第3章
に解説を与えているので,参照していただくのもよいであろう.
歴史的ないきさつについてもかなり丁寧に解説したつもりである.
特殊相対性理論
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