南部・小林・益川の3博士がノーベル物理学賞を受賞されるとの 知らせが報道されました. 大変うれしい知らせで,心からお3方へお祝いを申し上げます.
最初,ラジオのニュースでそれを聞いたときは,その3人の 組み合わせがピンと来なくて,「え? 何で?」という感じが しました.南部先生と小林・益川さんとでは,世代も,研究内容も, 全く異なり,共通点といえば,(1) どちらも早くからノーベル物理学賞 の呼び声が高かったにもかかわらず,ずいぶん待たされた,(2) どちらも 「素粒子物理学」という広い学問分野の名称に所属する(しかも,それの 理論的研究),ということくらいである. しかし,翌日,私の同僚の方々の意見を聞いてみると,なるほど, この組み合わせしかないかなという感じ. 要するに,受賞予定者の順番が混み合っていて,この組み合わせしか 残っていないよう. (ノーベル賞には,生存者であることと,受賞対象者は3人以下であるという 条件がある.例えば,3人を超える対象者が存在する場合は,まとめて それは見送りとなってしまう.また,対象者の組の誰かが亡くなられたり すると,それでリストから外れてしまう.うまく3人揃うのは,かなり 難しいのです.)
お3方の紹介は,いろいろのホームページができていると思うので, ここでは主観的に簡単に述べたい.
南部陽一郎 小林誠 益川敏英
(南部先生の写真は,大阪大学素粒子論研究室のホームページ http://www-het.phys.sci.osaka-u.ac.jp/staff.html からの転載です.これは去年写したもので,比較的最近と 言ってよいと思います.小林・益川ご両人の写真は ノーベル財団のホームページ http://nobelprize.org/nobel_prizes/physics/laureates/2008/ にあるものを転載しました. おふた方とも,なかなかのハンサムな方々なのに, なぜか,この写真は写りが悪いですね.)
お人柄
益川さんが,南部先生と一緒に受賞できると言うことで,涙ぐんだと いう報道がなされていた. 我々の業界では,同業者同士は,大学教授であろうと大学院生であろうと, 互いに「さん」付けで呼び合う. ところが,南部先生には,さすが「南部さん」とは呼べない. それほど,我々にとって,南部先生は雲の上の,いわば伝説の人なのだ. それなのに,南部先生と同列で賞をもらう.益川さんが感激して涙ぐむのは 当然のことである.普通なら,恐れ多くて,受賞辞退したいくらいだろう.
と言っても,南部先生は(個人名はあげないが)よくある 「威厳のある怖い先生」ではなく, 穏やかで,若い人の面倒見もよく,誰とでも気さくに付き合ってくださる とても身近に感ずることのできる先生です. 私もよく大学の食堂にご一緒して,いろいろのお話を伺うことができて, いつもとても光栄に思っていす.(ちなみに,大阪大学大学院の 物理学研究H棟7階の私の部屋のお隣が南部先生のお部屋です. ついでに言えば,南部先生は,米国籍をお持ちなので,日本人扱いは してもらえなく,いつも観光ビザで3ヵ月ほど大阪大学に滞在され, また,シカゴにお戻りになる.もっと落ち着いて滞在していただけると 嬉しいのだが.)
益川さん・小林さんのお人柄は,すでにマスコミがいろいろ報道しているので, コメントするまでもなさそうです.特に,益川さんについては,これからも いろいろな神話が誕生するものと思われます. (マスコミの方々,益川さんは狙いがいがありますよ.たぶん, 話題性にはこと欠かないはずです.)
研究内容
小林さん・益川さんの受賞理由 "for the discovery of the origin of the broken symmetry which predicts the existence of at least three families of quarks in nature" のもととなった小林・益川理論(1973年)なら, 物理の専門家でない方々にも何とか,概要を説明できないことは なさそうだが, 南部先生の受賞理由 "for the discovery of the mechanism of spontaneous broken symmetry in subatomic physics" となった研究 (1961年)は,ちょっと数行で解説ができるようなものではない. 「自発的対称性の破れ(spontaneous broken symmetry)」という概念 の説明から始めねばならない.どうやったら易しい解説が可能か, 宿題とさせていただくことにしよう.
これに対して,小林・益川理論の方は,比較的説明がやり易い. 粒子・反粒子の交換 C と空間反転 P とを行う変換 CP に対して 自然は対称ではないということ(即ち,粒子の右への運動の法則と, 反粒子の左への運動の法則とは異なるということ)は, 実験的にすでに知られていたが,この現象を理論的に説明しようと すると,物質基本粒子である「クォーク」は少なくとも6種類 必要ということを主張した.その予言通り,翌1974年には 4番目のクォーク「チャーム」が発見され,1977年には5番目の クォーク「ボトム」が,そして1995年,第6番目のクォーク 「トップ」が発見された.このように,実際に予言通りの 実験的発見が続いたのであるから,このことは,一般の人だけでなく, 物理学者から見ても,大変分かりやすい(業績が評価しやすい).
これと比べると,南部理論の方は,「自発的対称性の破れ」の メカニズムを理論的に構築したのであるが,だからと言って, 直接的に将来の何か発見を予言したわけではない. 実際には,現在のいろいろな分野での理論の基礎となっているのであるが, 「発見」というタイプの研究ではないので, 見栄えのよい華々しさがなく,半世紀近くもノーベル賞がお預けと なったことはここが原因かもしれない.
残念なこと
ノーベル賞の話題に関連して,付け加えたいことがある. それは今年の7月10日に亡くなられた戸塚洋二さんのことである. 彼もまた,ノーベル賞の最有力候補と言われた方である. ニュートリノに質量があるということを世界に先駆けて実験的に発見 (1998年)し,世界をあっと言わせた方である. 間違いなくまもなくノーベル賞と言われていたのに,実に残念なこと であった.戸塚洋二さんのご冥福を心からお祈りいたします.