ニュートリノ振動が起こったのか?
--- 最近の大気ニュートリノ実験より
(1) はじめに
- ニュートリノ (中性微子) は,荷電ゼロで,質量はゼロまたは
ゼロに十分近い値を持つ粒子である.物質との相互作用はきわめて
弱く,例えば太陽や超新星などからやってくるニュートリノは,
地球を貫通してその裏側にまで容易に到達することができる
ということが,観測で確かめられている.
このニュートリノなる粒子は,現在,3 種類の存在 (νe
,
νμ, ντ)
が確認されており,素粒子反応において,
それぞれ,電子 e (質量 0.51 MeV),ミューレプトン μ (質量 105.7 MeV),
タウレプトン τ (質量 1777 MeV) のパートナーとして生成される.
現在,最大の関心は,これらのニュートリノの質量は,厳密にゼロなのか,
それとも小さいけれどある値を持っているのかということである.
現在までのところ,実験ではその質量値は確認されていない.
(2) 大気ニュートリノ実験での謎
最近,日本の北アルプスの西側,神岡の地下 1000 m のところにある
東京大学宇宙線研究所の
ニュートリノ観測施設
KAMIOKANDE で奇妙な現象が観測された.
宇宙から陽子など,物質粒子が地球に降り注いで来ると,それらの
粒子は地球をとりまく大気と衝突反応を起こし,パイ中間子πやケイ中間子Κを
作り出す.これらπやΚは,ただちに π (Κ) → μ + νμ なる
自然崩壊を起こし,更にミューレプトン μ は,μ → e + νe
+ νμ
なる自然崩壊を起こす.結局,地上 (地下) で観測されるニュートリノの
νμ と νeとの数の比は,
2:1 となることが
予想される.ところが,実験では,νμ の値が理論的に
予想される値の約半分程度しか観測されなかった.彼等は,
(νμ/νe
)実験
/ (νμ / νe
)理論 = 0.57
と報告した [Y.Fukuda et al., Phys.Lett.B 335,237 (1994)].
[(νμ / νe
)理論 は,単純な予想では
2 であるが,より正確を期すために,もっといろいろの条件を考慮に入れて,
コンピュータによる理論を行った値が用いられている.]
(3) ニュートリノ振動が起こったのか?
この奇妙な結果を理解するには,大気中で作られたνμ が,
地下の観測所に届くまでに,νμ →
νx (νx
は νe または ντ
であろうと推測) と,その粒子名を
変えてしまったとしか考えようがない.(自然崩壊では,必ず複数のより
軽い粒子へと崩壊するのが常であり,この場合はまさに νμ
が νx へと姿を変えただけで他に何らの反応副産物を生成
していないので,さらなる自然崩壊が起こった訳ではない!)
粒子が真空中を飛んでいる内にいつの間にか自分の名前を変えてしまうという現象は,
量子力学に基づけば,起こり得ることが知られている.今の場合,ニュートリノ
νa が νb
に姿を変えるという現象は,これら
ニュートリノがゼロでない質量を持ち,かつその質量を持っているときの
状態 (質量固有状態) (それをν1,
ν2 と書くことにする)
が,荷電レプトンのパートナーである状態 νa,
νb
と混合した状態,即ち
となっている場合に限り,νaがνbに
姿を変えるということが,理論的に知られている.(その現象は,
「ニュートリノ振動」と呼ばれる.)
KAMIOKANDEの観測結果は,コンピューター分析の結果,
νμはνe
またはντと,約θ=45度の混合をしており,
ν1,
ν2の質量 m1, m2
の質量を2乗したものの差(2乗質量差)は約0.02 (eV)^2 [1eV=0.000001 MeV]
と報告されている.
(4)太陽からのニュートリノもまた?
一方,太陽からやってくるニュートリノの観測データにも,同じような問題が知られている.
太陽の中心部で起こる核融合反応によって,ニュートリノνeが
放出される.ところが地球上(地下)でこれを観測すると,太陽モデルから理論的に
予想される値に対して,約半分の値しか観測されない.このこともまた,
ニュートリノ振動が起こっているためではないかと言われている.この場合は,
ニュートリノνeが太陽という電子密度の高い物質中を
通過して来るので,事情は少し複雑であり,断定はできないが,
Mikheyev, Smirnov, Wolfenstein によって提案されたいわゆるMSWメカニズムによる
ニュートリノ振動説(共鳴説)が,この現象の解として最有力視されている.
この説に基づけば,太陽ニュートリノのデータは,νeが
νμ(またはντ)と
約θ=2.4 度の混合をし,その2乗質量差は約 0.000006 (eV)^2 程度と,解釈
されている.
(5) むすび
ニュートリノが質量を持つかどうかは,素粒子の統一理論の構築にとって大きな手がかりを与える
カギであり,かつ,それら3つのニュートリノがどのような大きさでそれぞれ混合しているのかを
知ることは,更に重要な手がかりとなる.現在この問題に,世界中の多くの実験家と理論家の
関心が集まっている.
実験的にこの問題により明確な決着を与えようと,現在,神岡に更に巨大な
- ニュートリノ観測施設
SUPERKAMIOKANDE の建設が進めつつあり,本年(1995 年)中に完成し,来年から実験データの
採集行われる予定である.本当にあるニュートリノが別の名前のニュートリノに姿を変えるという現象が起こっているの
かどうか.本当にニュートリノはゼロでない質量を持つ粒子なのかどうか.このことに対するはっきりとした
解答が近年中になされるはずであり,世界中の熱い期待が,この日本の神岡に注がれている.
(9/14/95 小出義夫)